古間氏の最終邸での殺人。『フェルマーの最終定理のトラップ』 序章 ミステリー短編小説
『古間氏の最終邸での殺人』
-フェルマーの最終定理のトラップ-
序章
古間氏が建てた最後の洋館で殺人事件が起きた。
被害者は、阿部氏。
等式建設の社長。
容疑者は、二人。
「えっ、待って下さいよ」
声を上げたのは、私立探偵の太郎だった。
「おお、太郎君。待ってたぞ」
証明署、殺人課、真面警部補が、笑った。
「はるばる京都から来たのに、簡単な事件みたいじゃないですか? いや、不謹慎だな、この、言い方は」
私立探偵の太郎は、昨日の夜に、京都を出発していた。
「被害者の次女、平子さんと、同級生なんだって?」
そうなのだ。一週間前に、同窓会があり、そこで別荘に誘われた。しかも、日付指定で。
「はい。平子さんは、どこですか?」
「それがなぁ、太郎君。平子さんは、容疑者の一人なんだ。しかも、凶器を持って立っていた。被害者の側に」
「なんという」
太郎は、頭を抱えた。
脅迫状が届いた。日付指定で殺すと。それが明日の日付だった。だから、太郎は、やって来たのだ。
なのに、依頼者が容疑者。
事件のことは、来る途中で聞いていた。古間氏の最終邸宅がわからなかったので、聞いて歩いていたら、パトカーの止まった家の前に出た。
この家のことを古間氏の最終邸宅などと呼ぶ人は、ご近所にはいなかった。
「太郎君」
太郎が、振り向くと、平子がいた。
「ありがとう。来てくれたんだ」
抱きついて来た。
「待ってくれよ」
太郎は、平子と親しかった記憶がない。大体、顔も覚えていなかった。ただ、一度、フェルマーの最終定理に関係す別荘があると聞いて、話がしたいと思いながら、卒業した。
それを、思い出して、平子に話しかけたのだった。
太郎は、理数科ではないが、フェルマーの最終定理には、普通以上の興味があった。理由は特にない。子供の頃から、謎と何故が好きなだけだ。
平子は、抱きついた割には、素っ気なくソファに座っていた。
「いろいろと事情は伺いました」
部下からメモを受け取り、真面警部補が言った。
「悲鳴を聞いて部屋へ入ると、誰かが立っていた。ナイフで襲ってきたので、えっ、そのあとは記憶にない。気付くとナイフを持って立っていた。そうですね」
「はい」
「そのナイフを持っていたのが、三条さんだと言われましたね」
「はい。彼女に見えました」
三条久美子は、安部氏の秘書だ。
肩に深い傷をおっていたので、近くの病院に行っている。
他に、いたのは、専務取締役の野呂伊。
野呂伊は、別棟にいて、騒ぎを聞いてからこの、屋敷に入ったと言ったらしい。
だから、容疑者は、二人か。
太郎は、独り言のように、呟いた。
しばらくして、三条久美子が、戻って来た。驚くほどの美人だった。
「三条さん。彼は私立探偵です。まあ、本来は、そんな人物が立ち会うことは希なんですが、本日は、平子さんの依頼で」
「はい。聞いております」
「それは、有難い。太郎は、甥なんですが、子供の頃から、なかなか推理の力が」
真面警部補が、頭をかいた。
「それでは、お伺いします」
太郎が、顔を上げた。
「僕は、次女の平子さんのことをあまり知りません。だから、弁護をするつもりはありません。僕は、守ってと言われただけです」
そして、立ち上がった。
「ピエール・ド・フェルマー。フランスの数学者です。私は、驚くべき証明を見つけたが、この余白は狭すぎる。ととある書物の余白に書き残しました。その書物とは、ディオファントスの算術という本で、実物は焼失したと言われています。しかし、平子さんは、僕に、こう言いました。その本のせいて脅迫されていると」
居間の書棚を眺めながら、太郎は、続けた。
「まさか、こんな所にあるわけがないですね」
「はい。父の金庫の中だと思います」
平子が答えた。
「不思議なんです。この異常な空間は、何なのですか? 古間氏の最終邸宅。次女と三条さん。まるで茶番劇だ。しかも、ご近所では、この家を古間さんの家と言う人は、誰もいない」
睨み付けるような目を、平子に向けながら、太郎は、続けた。
「あなたは、何故、僕を招待したのですか? まず、それが聞きたい」
「あなたなら、守ってくれると思ったから」
「守る? 何から、守るのですか?」
沈黙が場を支配していた。
「あなたは、平子さんに言ったそうですね」
三条久美子だった。
「フェルマーの最終定理は、解けている、と」
見栄だった。詳しいんでしょ、と聞かれ、とっさについた嘘に近い見栄だった。
「すると、それが理由なのですか?」
平子と、三条は、うんと、頷いた。
「わからない。それと殺人事件とはどんな関係があるのでしょうか?」
「フェルマーは、あの書き込みで、何を言おうとしたのか。それが、すべてです。殺人などは、単なる見せしめ」
そう言って微笑んだのは、三条久美子だった。美しさが恐怖を滲ませていた。
「探偵さん。犯人が誰か。知りたいですか?」
「はい。もちろんです」
「ピエール・ド・フェルマー」
平子と、三条が、同時に言った。
また、沈黙が、部屋を支配した。
次回、『フェルマーのトラップ』に、続く。